2016年06月07日

地獄のペルセポリス(シーラーズ/イラン)


顔面蒼白の状態で小さなバスに乗り込みツアーに出発。

ペルセポリスまではシーラーズの街から1時間ほど車に揺られて向かうわけですが、その行程ではほぼ白目を剥いたような状態。

これまでの旅の中でも、もっともクライシスな状況かもしれません。

炎天下のペルセポリスに到着したのが10時頃だったでしょうか。

↓広大すぎるペルセポリス
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ツアーに参加した15名ほどで見どころを回ります。

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「長年憧れたペルセポリスに、今自分が!」と思うと、気持ち的には超アゲアゲ。

一方、脱水症状と寝不足で体力的には超フラフラ。

ガイドさんが遺跡について色々と説明してくれますが、まともに立っていることすらできません。

↓憧れのクセルクセス門!
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↓顔面は偶像崇拝を嫌うイスラム教徒によって破壊されちゃってます。
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2500年前、世界各国から訪れた人々は、この門を潜って世界最大の帝国の都に足を踏み入れ、その圧倒的な光景に度肝を抜かれていたんだろうなぁ。

↓アパダーナの柱(謁見の間)
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この謁見の間、もともとは高さ19mの柱が36本も連なって、レバノン杉で作られた屋根を支えていたのだとか。

かつての主人を待ち続けるように、今でも12本の柱がそびえ立っています。

うーん、哀愁。

↓ゾロアスター教の主神、アフラマズダのレリーフ
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そう、この遺跡の時代には、イスラム教どころか、キリスト教もユダヤ教も興っていないのです。

もぉ、ミラノ勅令とか十字軍とかが最近に思えてきます。

体力を振り絞って見どころを見て、写真を撮影。

体力が底をついたところで、ベンチに横になって休憩。

これを繰り返しながら、ギリギリのペルセポリス見学は続きます。

↓ダレイオス1世が造ったタチャラ(冬の宮殿)
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これ、2500年前に造られたものとは思えないほどにしっかりと残っています。

日本だと、縄文時代から弥生時代にかけての頃に造られたってことですよ!

人類の文明の幕開けをびんびんと感じます。

↓牡牛を襲うライオンのレリーフ。
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一説では、季節の移り変わりを象徴していると考えられているそうな。

そして、ハイライトはアパダーナ東階段のレリーフ!

この東階段には、ペルシア帝国の属国からの使者や献上品が描かれています。

↓アルメニア人の使者
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↓こちらはメディアからの使者
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メディアは、アケメネス朝のキュロス2世に滅ぼされた、当時の大国。聖書にも登場する国です。

↓この人たちは何人だったかしら?
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↓コチラは武装したスキタイ人
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スキタイは今のウクライナのあたりだそうです。

もうね、見たかったモノばっかりなんですよ。

でもね、立っていられないんですよ。

↓楔形文字
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フラフラになりながら、出口近くにある空飛ぶ双頭鷲像に到達。

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これ、イラン航空のシンボルになっているヤツです。

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もともとは、この像の上に梁を載せて屋根をかけていたそうな。

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トイレのピクトグラム、女子のマークはチャードル着用でした。

そんな感じで、約2時間のペルセポリス見学は終了。

まともに見学できなかった激しい後悔と、見学が終わったことによる少しの安堵が織り交ざった複雑な心境を抱えたまま、次の目的地「ナグシェ・ロスタム」へ向かいます。



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2016年06月10日

アケメネス朝ペルシアの栄光が此処に(シーラーズ/イラン)


アケメネス朝ペルシア帝国の都ペルセポリス見学を終え、次に向かったのは「ナグジェ・ロスタム」です。

ナグジェ・ロスタムは、ペルセポリスから約12キロに位置する、アケメネス朝ペルシア時代の王様たちの墓地。

ペルセポリスからは車で10分ほどで到着しました。

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入場料は、20万リアル。だいたい705円くらい。

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私の場合、チケット代もツアー料金に含まれてました。

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正面に見える岩山にお墓が刻まれているようです。

巨大な岩山が削られ、祠のようなものが浮き彫りにされています。

↓この岩山に彫り込まれているのがお墓だそうです
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まるでヨルダンのペトラ遺跡(の小さい版)。

上の写真の一番奥にあるのが、クセルクセス1世の墓と言われているやつ。

クセルクセス1世の事は知りませんでしたが、調べてみるとダレイオス1世の子で、ギリシア遠征に失敗した王様のようです。

↓んで、これはダレイオス1世の墓だそうです。

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ダレイオス1世はアケメネス朝ペルシアの3代目の王様。

ペルセポリスを造り、ガンダーラを征服し、ギリシアとペルシア戦争を始めた、とても有名な王様ですね。

↓こちらはアルタクセルクセス1世の墓と言われているやつ。

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アルタクセルクセス1世も存じ上げなかったのですが、クセルクセス1世の子だそうです。

ギリシアとの間でペルシア戦争を終結させ、その宗教政策の寛容さから旧約聖書のエズラ記、ネヘミヤ記にも登場しているらしいので、割と有名な人のようです。

この人は紀元前464年から紀元前424年まで生きた人のようで、調べてみると、旧約聖書でエズラがバビロニアからエルサレムに帰還することを許可した人物のようです。

↓で、こちらはダレイオス2世の墓と言われているやつ。

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ダレイオス2世は、アルタクセルクセス1世の子だそうです。

この人の時代には、宮廷内が腐敗し、ペルシアや、統治していたエジプトなどで反乱が起き、治世に苦労していたようです。

ちなみにアケメネス朝ペルシア帝国が、アレクサンドロス率いるマケドニアに敗れるのは、ダレイオス2世の4代後のダレイオス3世の時代。

改めて調べてみると、この時代のペルシア王は、エジプトのファラオも兼ねていたことに気付かされます。

相当、強かったんだなぁ、ペルシア帝国。

ここには、サーサーン朝ペルシア時代のレリーフも刻まれています。

中でも目を引くのがコチラ。

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サーサーン朝ペルシア王のシャープール1世が、ローマ皇帝ヴァレリアヌスを捕虜にするシーンだそうです。

生きたままで捕虜になったローマ皇帝は、ヴァレリアヌスが最初だったそうで、イラン人にとっては、先祖がローマ帝国を屈服させた、まさに栄光の場面という訳ですね。

岩山の正面には、立方体の建物が。

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アケメネス朝ペルシア時代の初期にできたゾロアスター教の神殿と言われているそうですが、詳しいことはわかっていないそうです。

アケメネス朝ペルシアの時代は、イスラム教やキリスト教はもちろん、ユダヤ教すら興っていない時代。

この時代の、この地域の信仰の対象はゾロアスター教だった訳で、改めてゾロアスター教の歴史の長さを感じさせてくれます。


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2016年06月11日

危機的な状況で旅の醍醐味を知る(シーラーズ/イラン)


ペルセポリスツアーからシーラーズのホテルに戻った頃には、ライフゲージは底をついておりました。

翌日以降に病を持ち越さないために、全力で眠ることに。

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15時くらいからベッドで眠り続ける日本人。

そりゃ心配にもなるってもんで、同じドミトリーの部屋の宿泊客が次々に声をかけてくれます。

「病気なの?大丈夫?」

「食中毒なら水をたくさん飲むといいよ」

「何か自分にできることがあったら何でも言ってね」

「もし果物が欲しければ買ってきてあげるわ」

「薬を買ってきてあげようか?」

人の優しさが心に染み渡ります。

旅をすると困ることが多いだけに、「人に助けられて生きているんだなぁ」と実感することが多いです。

特に今回は、相当に体調が悪かっただけに、本当に嬉しかった。

隣のベッドの若いドイツ人女性からもらったバナナに、本当に助けられました。

沖縄で3ヶ月ほど日本画の勉強をしていたというそのドイツ人の若い女性。

話してみると、中東が大好きで、モロッコ、エジプト、イスラエル、トルコ、ヨルダンなど、共通の旅の想い出話に花が咲き、地獄の中に花園を見た気がしました(笑)

とても流暢で綺麗な発音の英語を話すドイツ人で、なんだか自由に、しかも長期間、世界中を旅できるのが羨ましいなぁ、と思ってしまいました。

イランでも3ヶ月滞在して、いろいろな街で絵を描いているんだとか。

できれば健康に不安がない年齢のうちに、3ヶ月くらい中央アジアを旅したいなぁ、なんて思ってしまいました。



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2016年06月12日

ローズ・モスクで鶴田真由に遭った(シーラーズ/イラン)


今回のイラン旅行の中で最も訪れたかった場所のひとつが、このシーラーズにはあります。

それが「マスジェデ・ナスィーロル・モスク」。

別に世界遺産とかではありません。

しかし、この「マスジェデ・ナスィーロル・モスク」が、観光客を魅了して止まないのには理由があります。

それは、その美しさ。

別名「ローズ・モスク」や「ピンク・モスク」とも呼ばれるこのモスク。

朝日に照らし出されたカラフルなステンドグラスの光が、礼拝堂を美し彩る光景は、筆舌に尽くしがたい美しさなのです。

このモスクの入り口は、少し奥まったところにありました。

外見の「ローズ・モスク」感は皆無です。

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モスクの外観は、ピンク色のタイルが印象的。

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なんというか、とても女性的な印象を持つメルヘンな感じのモスクです。

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イワーンの装飾も、カラフルでハイセンス。

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そして、一番の見所はステンドグラスの礼拝堂。

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どうでしょう!この美しさ!

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正直、写真ではこの美しさを表現しきれていないのが残念でなりません。

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イスラム教の聖典コーランでは、ユダヤ教やキリスト教に比べて、天国の様子が具体的に綴られているそうです。

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イスラム教徒は、この具体的な天国の様子を、ペルシャ式庭園や、この礼拝堂の美しさに表現しているのかもしれません。

なんだか、日本の極楽浄土思想に少し似ている気もします。

あまりの美しさに、時を忘れてステンドグラスに見惚れていると、テレビクルーの一団が。

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なんと、鶴田真由さんでした。

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イランでは、日本人に合うことはとても少なかったのですが、イランで初めて会った日本人が鶴田真由さんだったのでした。

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イラン関連のドキュメンタリー番組の撮影でしょうか。

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やっぱり女優さん。

美しい場所で、より一層映えますな。


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2016年06月13日

敵国の国の言葉を使うイラン人(シーラーズ/イラン)


この日は、体力も回復したので、夕方のバスで次の街ヤズドへ向かうことになっていました。

マスジェデ・ナスィーロル・モスクの見物を終えた後は、ホテルをチェックアウト。

ヤズド行きのバスの時間をホテルのフロントで教えてもらい、バスの時間まで市内観光をすることにしました。

↓キャリーム・ハーン城塞
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街の中心にある城塞跡です。

入り口には、ヘタウマのタイル装飾が。

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中庭には大きな池。

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そして、美しいステンドグラスも印象的でした。

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↓続いて、マスジェデ・ヴァキール。
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多柱式のアーチ天井が特徴的。

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落ち着いた美しさが印象的なモスクでした。

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このモスクでは、モスクを見学中の小学生と記念撮影。

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一生懸命に英語を使って「どこの国から来たのですか?」「日本からイランまで来るにはどのくらい時間がかかりますか?」「あなたが好きなサッカーチームは?」など質問してくれました。

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なんだかみんな礼儀正しくて、落ち着いていて、日本の小学生より少し大人びた印象を受けました。

敵対する国である英国や米国の言葉である英語を学ぶイラン人。

英語は、世界で最も多くの国・地域で使用されている言語だそうで、やはりイランでも英語教育が盛んになされているようです。

「やっぱり英語って大切な言葉なんだなぁ」なんてことを、一見、英語とは縁遠そうなイランで思ったのでした。


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