2015年01月12日

波乱含みの旅立ち(日本→ヨルダンへ)


2014年12月19日(金)、イスラエル&パレスチナ&ヨルダン旅行初日です。

2014年の最終出社日であるこの日は、会社を18時半とちょっと早めに失敬し、そのままバックパックを背負って渋谷駅へ。

渋谷駅でビールを1本購入し、成田エクスプレスで晩酌しつつ成田空港第2ターミナルへ向かいます。

成田エクスプレスでビール、嫌いじゃない時間です。

で、今回搭乗したのは、22時に成田空港を出発し、ドバイに向かうEK319便。

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この便、日中は仕事をして、ちょっと早めに会社を出れば搭乗できる時間に日本を出発することができるということもあり、今回で4度目の搭乗になります。

22時に出発するので、搭乗後、すぐに夕食を食べることができ、その後、無理なく機内で睡眠も取れる。とても便利な便なのです。

お世話になっております、エミレーツ航空。

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予定通り午前5時にドバイ国際空港に到着。

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日本とドバイの時差は5時間なので、日本時間では午前10時。

ちょうど12時間のフライトってことになります。

ドバイからアンマンまでのEK901便は7時35分発。

約2時間半の待ち時間で、ビールを一杯。

Barのテレビでは、米国とキューバの国交正常化交渉を報じるニュースが、繰り返し放送されています。

キューバが米国と国交を正常化したら、あの独特の風景を持つキューバは無くなってしまうんだろうなぁ。

7時35分にドバイを飛び立ったエミレーツ航空機は、ほぼ予定通り9時頃にアンマン上空へ。

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ドバイとアンマンの時差が2時間なので、約3時間半のフライトです。

さて本来ならば、ここで「着陸するから、座席とテーブルの位置を戻して、窓のシェードを開けてくださいね」となるのですが、どうも様子が変です。

窓の外には、中東の大都市アンマンの街並みが大きく見えていますが、どうも同じ場所を何度も旋回している様子。

2時間ほどアンマン上空を旋回した後、ようやく着陸。

しかし、依然として、どうも様子が妙。

他のエミレーツ航空機や、エティハド航空機、カタール航空機、ロイヤル・ヨルダン航空機などの姿がありません。

その代わりに、軍用機がチラホラ。

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「アンマン国際空港は、空軍空港も兼ねているのかなぁ」なんて考えていたら、隣に座っているヨルダン人と思われるおっさんが「いつまでだろうね」とつぶやきました。

「?」

なんか様子がおかしいので、その後の機内アナウンスに意識を集中して聞いてみると、そこがヨルダン空軍の基地であり、霧の影響でアンマン国際空港へ着陸できるようになるまで暫くココで待機する、とのアナウンスが。

なんと。。。

順調に行けば、アンマンに到着後、そのままイスラエル国境まで一気にタクシーで行き、そのままイスラエルに入国してしまおうと思っていたのですが、その計画はもはや無理そう。

この日は土曜日だったので、安息日のイスラエルは、お昼過ぎの14時には国境のゲートを閉めてしまうのだそうで・・・

途中、「飛行機の外に出してくれ」と騒ぐ若者に、CAさんが「ここには出国ゲートが無いから無理だわねぇ」と返答していて、「なるほど、ごもっとも。」なんて感心しつつ。

待機時間中に、燃料も補充。

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そのまま空軍基地で待機し、ようやく離陸したのが空軍基地に着陸してから2時間程経過した後。

飛行機は、空軍基地を離陸し、10分ほど飛行した後ですぐに着陸態勢へ。

わずか30分程度の飛行を終えて、ようやくアンマンの国際空港に到着したのが、予定到着時刻9時35分から遅れること約4時間半後の14時頃でした。

想定外の長旅。

日本からヨルダンまで、まるっと24時間程かかってしまいました。

こんだけ時間かけたら、南米アルゼンチン行けたわ。

さて、空港で入国手続き。

他の入国者がビザの購入で行列をなしているなか、日本人はなんと入国ビザ不要。

平和万歳。

こーいう時に、「日本って素晴らしい国なんだな」と実感します。

空港のカウンターで、旧市街のシティーセンターまでの行き方を聞き、空港を出た場所にあるリムジンバスの発券所でバスチケットを購入。

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アンマンの国際空港「クイーン・アリア国際空港」は、だいぶ近代的でキレイな空港でした。

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リムジンバスは、アンマン郊外にある「ムジャンマ・シャマーリー」というバス停までで、3.25JD。

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1JD(ヨルダンディナール)≒167円なので、だいたい500円くらいでしょうか。

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所用1時間の距離のリムジンバスで500円なので、ヨルダンの交通費は比較的安いと言えそうです。

「ムジャンマ・シャマーリー」からは、「セルビス」と呼ばれる乗り合いタクシーで街の中心部へ。

これが所要約30分で0.8JD(134円)。

↓ムジャンマ・シャマーリー
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ちなみに、ヨルダンの通貨、超解り難いんです。

1JD=1000Fils=100Piastreもしくは100Girsh。

なんと通貨単位が4つもある。

んで0.8JDの場合は、現地の人は通貨を省略し、Piastreの単位で「80」と値段を教えてくれるので、最初にこれを聞いた時は、「乗り合いタクシーが80JD?1.3万円じゃないか!ボッタクリだ!」と思ってしまったりするワケです。


まあ、そんな誤解をしつつも、「タクシーなら倍以上の金額するけどねー」と優しく教えてくれるヨルダン人のおっさん達に色々とご教授いただき、なんとかアンマン中心部へ。

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長旅の移動で疲労困憊。

歩いてホテルを探しまわり、とりあえず「定番バックパッカー宿」と地球の歩き方に書かれていた「ファラホテル」のドミトリーにチェックイン。

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→「ファラホテル」を予約する

ってことで、初日からやや波乱含みの旅の始まりなのでした。


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2015年01月13日

ヨルダンからイスラエルへ〜難関のボーダー越え〜(ヨルダン/イスラエル)


朝5時起床。

旅をしている時は、朝早く起きる派です。

特にココはイスラム国家。

毎朝5時には、御馴染みの「アッラ〜〜〜〜フ、アクバル(神は〜、偉大なり)」とアザーンの声にタタき起こされます。

ちなみに「アザーン」とは、イスラム教における礼拝の呼びかけのこと。

イスラム教の国に行くと、陽の昇る前から夜まで毎日5回、モスクから拡声器で流されるこのアザーンを聞くことになります。。。

この日は、ヨルダンの首都アンマンを出て、イスラエルのエルサレムに向かう日です。

このボーダー越えは、バックパッカーの間でも難関として有名。

何しろイスラエルの入国審査が厳しく、わずか70km程度の距離を移動するだけの国境越えに半日はかかるという、曰く付きの関門なのです。

ってことで早朝に起床し、そそくさと身支度をし、ホステル近くにあるセルビス乗り場へ。

さっそく話しかけてくる、謎のおっさん。

「ジェットバス乗り場まで行くんだろ。乗れよ。」と。

どうやら、この時間に外国人がウロウロしているのは、たいがいジェットバス乗り場までだろう、ってことになっている模様。

値段を聞くと「2JDでイイよ」とのこと。

2JDだと、だいたい330円くらい。

ホントはセルビス(乗り合いタクシー)で行こうと思っていたのですが、面倒なのでこの値段で乗車することにしました。

後で調べてみると、相場はタクシーで0.5〜1JDくらいらしいので、だいたい2〜4倍の値段をふっかけられていたようですw

タクシーで15分程走った所で、アブダリ地区にあるジェットバス乗り場に到着。

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ちなみに「ジェットバス」とは、ヨルダンの国営バス会社のこと。

アンマンのアブダリ地区からは、毎朝7時にこのジェットバス乗り場から、イスラエル国境の「キング・フセイン橋」へ直行バスが出ているようです。

イスラエル国境までのバスチケットを購入。

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お値段は8.5JD。だいたい1,400円。

アブダリ地区から、キング・フセイン橋への所要時間は1時間程度なので、ちょっと高いお値段です。

このチケットオフィスで、日本人の若者に遭遇。

彼とお話をしながらバスの出発を待ちます。

朝7時にバスオフィスを出発。

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出発するとすぐに、広大な景色が目の前に広がります。

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中東と言えば、「荒涼とした乾いた砂の大地」といったイメージが一般的ですが、この辺の土地は緑も豊富で、土も肥えている様子です。

歴史の本でよく語られる、古代オリエント文明を育んだ「肥沃な三日月地帯」とは、まさにこの辺の大地のことなのです。

否が応でも、歴史のロマンに胸が熱くなります。

歴史ロマンに思いを馳せて遠い目をしていると、ヨルダン川の出国審査オフィスに到着しました。

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そのまま、朝一番の客として出国審査へ。

この場所で出国スタンプを押されてしまうと、イスラエルに入国した証拠となってしまい、その後、イスラエルと国交の無い国々(イラン、UAE、イエメンなど主にアラブ諸国)に入国できなくなってしまうため、スタンプを押さないように、係のオジさんにお願いをします。

出国審査は、あっけないほど簡単に、30分程度で終了。

その後、再びジェットバスに乗り込みます。

ボーダー間の運賃7JD(約1,200円)を追加徴収されバスで待機。

出国審査で預けたパスポートは、バスの中で返却されます。

ひとり一人の名前を呼ばれながらパスポートを返却されますが、私のパスポートが返却されないまま、「みんなパスポートは返却されたよね?」と嘯くヨルダン人のオッさん。

「へいへい、まだもらってないよー」と言うと、「おかしいなー」なんて言いつつ、「お、忘れてたー」なんて言ってパスポートを返却してくれました。

きっとこのオッさん、毎日、こんなイタズラしてるんだろうな。

ジェットバスがヨルダン側の国境イミグレーションを出発したのが9時頃。

5分程でヨルダン側ボーダーに到着し、車内でヨルダン軍の兵士さんによるパスポートチェックを受けます。

↓ヨルダンとイスラエルの間にある「キング・フセイン橋」を通過
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9時35分頃にイスラエル側イミグレーションに到着。

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ここでバスの中で15分程待機させられ、ようやくイスラエル側の入国審査の行列へ。

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この先、ようやくここが「難関」で知られる国境であることを思い知らされるのですが、これはまた次回のエントリーにて。


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2015年02月17日

アンマンで寝込む(アンマン/ヨルダン)


思えば1年前の2013年の年末。

ヒドい風邪をひいてしまった私は、メキシコの首都メキシコシティのホテルで1日寝込んでいました。

↓1年前の記事
メキシコで一番美しい街を散歩してたら風邪をひいた件。

そして、それからちょうど1年後の2014年の年末。

ヨルダンの首都アンマンにて、1年前と同じように寝込むことになってしまいました。

イスラエルに入国したくらいから、どうも体調が怪しかったのです。

イスラエルで風邪薬を買って服用していたものの、日中は歩き回っていたためか全く回復する気配がなく、ついにアンマンで体調悪化がピークを迎えてしまいました。

エルサレムからアンマンに到着した夜、酷い悪寒に襲われた私はすぐに就寝。

毛布を何枚使っても、容赦なく悪寒が襲ってきます。

なんとか気合いで一晩で回復させようと試みましたが、翌朝になったら治っているどころか、さらに酷い悪寒と関節痛。

仕方が無いので、12月29日は丸一日ベッドで寝込むことにしました。

↓ヨルダンの安宿ファラ・ホテルのベッド
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一日5回のアザーンに起こされながら、夢と現実の間を彷徨う切ない年末。

↓ファラ・ホテルの窓から見たアザーンが響くヨルダンの街の風景
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夕方、少し体調が戻ってきたので、朦朧としながらもホテル近くの市場へ。

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体力をつけるために、オレンジとバナナとイチゴ、それからメントスを購入。

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せっかく外に出たので、ちょっとローマ劇場まで夜の散歩。

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再びホテルに戻り、市場で買ったオレンジとバナナを胃にねじ込んで、再び朝まで睡眠を貪りました。

実にもったいない一日となってしまいました。

旅に出ると疲れて風邪をひいてしまうなんて、昔はなかったのに・・・

年は取りたくないですな。


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2015年02月19日

いざペトラ遺跡へ(ヨルダン)


暮れも押し迫った2014年12月30日。

朝起きてみると、昨日までの悪寒や関節痛が嘘のように消えていました。

さすがに約35時間の睡眠は病に効いたようです。

意気揚々と荷物をまとめ、早朝にホテルをチェックアウト。

いよいよペトラ遺跡観光の拠点となる街「ワディ・ムーサ」に向かうことができます。

乗り合いタクシーをきっちり値切って、アンマンの南にあるバスターミナル「ムジャンマ・ジャヌーブ」へ。

バスターミナルに到着すると、すぐにおっさんが話しかけてきました。

「お兄ちゃん、どこに行くんだい!?あー、ワディ・ムーサ行きのバスならあっちだ!」

ヨルダン人は、エジプト人やインド人みたいに、嘘をついて騙してきたりしません。

また別のおっさんが話しかけてきます。

「お兄ちゃん、どこに行くんだい!?あー、ワディ・ムーサ行きのバスならオレに任せろ!」

どやら乗り合いバスの運転手が、自ら客引きをしているようです。

ヨルダンの乗り合いバスは、運転手が客引きをして、座席がいっぱいになったら出発するシステムのようです。

まだ時間が早かったこともあり、バスにはほとんど人が乗っていません。

↓ワディ・ムーサ行きの乗り合いバス
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運転手横の助手席に座るように指示されました。

0.5JD(だいたい80円くらい)のコーヒーと、前日に買っておいたイチゴ&バナナを食べながらバスの出発を待ちます。

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30分ほど待った所で「出発するぞー!乗った乗ったー!」と声がかかり、いよいよ出発。

一路、アンマンの南にある砂漠の街ワディ・ムーサへ!

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乗客は、4/5程度はヨルダン人のようです。

↓快調にバスを飛ばす運転手さん
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バスは砂漠の道路を一直線に進みます。

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アンマンからワディ・ムーサまでは、途中、休憩を挟んで約3時間半。

お昼前にはワディ・ムーサの街に到着しました。

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バスを降りると、さっそくホテルの客引きが群がってきます。

「ホテルは予約してあるかい?」

話しかけてきた若い男の名刺を見ると「バレンタイン・イン」とあります。

ちょうど私が、前日に病の床からネットで予約しておいたホテルです。

万事順調。

どうやら他に客は見つからなかったらしく、私一人だけがバンに乗り「バレンタイン・イン」へ。

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ネットでは1泊しか予約していなかったのですが、2泊することに予定を変更し、それをホテルのフロントのおばさんに告げると、2泊目はネットで予約した値段より高い宿泊料金を請求さてしまいました。

ちょっとネットで悪い評判もあるホテルだったので心配していたのですが、まあ、仕方ないので勉強代として承諾。

ペトラ遺跡の観光は丸1日かかるってことなので、ペトラ遺跡へ行くのは翌日にし、この日は小さなワディ・ムーサの街を散歩してみることにしました。

チキンの丸焼き発見。

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これ、絶品でした。

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値段はチキン丸焼き(半身)+ライス+コーラで10JD(約1,600円)と、まるで日本価格でかなりお高かったですが、非常に美味かったので良しとします。

第1印象がちょっと悪かったこのホテルですが、実はかなりナイスなホテルでした。

従業員はとても親切で、宿泊客を街で見かけると専用ドライバーが声を掛けてくれてホテルまで送ってくれるし、ホテルからの眺めは最高だし、値段が高いけどビールも買えるし、ビュッフェスタイルのディナーは絶品だし、ロビーで集まる各国からの旅人と語り合えるし。

↓ホテルの部屋からの眺め
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↓ホテルから見た、砂漠に沈む夕陽
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↓夜景も見応えあり!
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一見ぶっきらぼうに見える従業員のおっさんも、夜に話してみると、茶目っ気たっぷりのいい人でした。

今回の旅の中で、一番気に入ったホテルかもしれません。

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2015年02月22日

色々すごいぞ!世界遺産「ペトラ遺跡」(ペトラ/ヨルダン)


2014年12月31日。

2014年最後の1日は、憧れの遺跡「ペトラ」で過ごすことにしました。

朝7時。

バレンタインインからの無料シャトルバスでペトラ遺跡へ。

まだ日も登る前に、ペトラ遺跡のゲートに到着です。

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入場料は1日券で50JD。

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日本円にすると、なんと8,400円です!!!

高いっ!

まぁ、1ドル=119円くらいで、円が鬼安い時期だったってのもありますが。。。

ちなみに、ヨルダンではミネラルウォーターが0.3JDくらいなんで50円程度。

ミネラルウォーター166本分の入場料ってことになります。

日本の物価に換算すると、1.7万円くらいじゃないでしょうか・・・

今回の旅行で、航空券の次に高価な出費となりました。

ペトラ遺跡に入場すると、砂利道が約1.5km続きます。

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砂利道を抜けると「シーク」に入ります。

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シークは、「ペトラ遺跡」の写真としてよく使われている断崖の裂目の小道。

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この小道も1km以上続きます。

暗く狭い小道を30分ほど歩いた所で、突然、視界が広がります。

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そして、小道の先に現れたのは「エル・ハズネ」!

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↓動画も撮影しときました


現代に生きる我々でも目を疑うような巨大な石窟遺跡ですから、2000年前に始めてこの建造物を見た人々は、さぞ驚愕したことでしょう。

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ちなみにこの「エル・ハズネ」、『インディージョーンズ/最後の聖戦』でも印象的なシーンで登場し、ペトラ遺跡を一躍メジャーにしました。

さて、ここで「ペトラ遺跡」について、ちょっと解説です。

ペトラ遺跡は、1985年に世界文化遺産登録されていて、「新・世界七不思議」にも選出されている、世界的にもかなり有名な遺跡です。

この地に巨大な遺跡群ができたのは2000年以上も前

古代メソポタミアとエジプトを結ぶ貿易路の中継地点として、紀元前1世紀〜1世紀の間に最盛期を迎えたそうです。

日本では、まだ弥生時代ですな。

この遺跡を作ったのは「ナバテア人」と呼ばれる人々。

北アラビアを起源とする砂漠の遊牧民族です。

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ナバテア人は、治水に長けた民族として知られているそうです。

ペトラは岩礁地帯のため農業には不向きだったそうですが、ナバテア人は、ダムや水道管など給水設備を作って、ナバテア王国を繁栄させたのだそうです。

↓ペトラ遺跡でも、ナバテア人が作った水路を見ることができました。
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ナバテア王国は、紀元前64年から紀元前63年ごろにローマ帝国の属国になります。

そのため、このペトラ遺跡で見られるエル・ハズネなどの建造物には、ヘレニズム建築の影響が見られます。

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「ペトラ遺跡」って、「古代ローマ遺跡」のひとつなんですね。

このペトラ遺跡、スイス人の探検家ルートヴィヒ・ブルクハルトという人が、1812年にはじめてヨーロッパに紹介し、20世紀初頭から発掘調査が開始されました。

現在も発掘調査が続けられていて、2014年時点でも調査は全体の15%しか完了していないのだそうです。

ここからもわかるように、この「ペトラ遺跡」、丸1日を費やしても全て回るのは困難と言われるほどに広大で、見所の多い遺跡です。

他の見所については、また明日ご紹介します!


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