2016年03月06日

「the bull is not killed(牛は殺されない!)」(ナザレ/ポルトガル)


オ・シティーオには、旧市街らしく闘牛場もありました。

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ポルトガルの闘牛は、スペインのそれと違い、牛を殺さないのが特徴だそうです。

ポスターにも「the bull is not killed(牛は殺されない!)」って、なんだか誇らしげに書いてあります。

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これは18世紀前半から、法令で定められているのだそうです。

「スペイン人は残酷だから牛を殺すけど、ポルトガル人は優しいから牛を殺さない」

なんてことも言われるそうですが、実際にスペインとポルトガルの両国を旅してみて、確かにポルトガル人は穏やかで物静かな人が多い印象があります。

スペイン人は植民地支配した南米などの国々で虐殺しまくって文明を滅ぼしていますが、ポルトガル人に最初に発見された日本はそんなことはありませんでした。

これは、「神風」と並んで、日本という国がラッキーだったことを示す歴史的事実という気がします。

ちなみに闘牛のシーズンは復活祭(イースター)から10月末までということで、私が訪れた12月には開催されていませんでした。

夏にナザレを訪れる方は、この「牛を殺さない」闘牛を観てみてはいかがでしょうか。

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夏に訪れればとても賑やかであろうオ・シティーオですが、この時期はとても閑散としていました。

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それでも、いつも遠くに波の音が聞こえる街の風景は美しく。

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丘の上から望む冬のナザレの青い夜景も、とても幻想的で美しいものでした。

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これもこれで、ヨーロッパの田舎国ポルトガルの哀愁を感じられて、なかなか風情があります。



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2016年03月07日

海の幸が美味いよナザレ(ナザレ/ポルトガル)


ナザレは海沿いのリゾート地ってことで、ヨーロッパ中から集まる舌の肥えた富裕層を満足させるシーフードレストランがしのぎを削っています。

私も美味しいシーフード料理に有り付くために、夜のナザレの街に繰り出しました。

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しかし、この日は年も差し迫った12月28日。

ガイドブックで目をつけておいたレストランは、どこも空いていませんでした。

オフシーズンあるある。

そんな中、偶然「なんか美味そうな雰囲気」を醸し出すお店を発見。

入ってみることにしました。

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レストランの名前は「Casa O Santo」。

後で調べたら、Tripadvisorの口コミ評価でも4つ星を上回る、けっこうな人気店でした。

https://www.tripadvisor.com.br/Restaurant_Review-g315902-d4339195-Reviews-Casa_Osanto_Anibal_Portugal_Galvao-Nazare_Leiria_District_Central_Portugal.html


妙に演技っぽい主人のオススメで、シーフードスープと、タコのサラダ、そしてハウスワインの赤を注文。

タコのサラダ。

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ポルトガルで食べたタコのサラダの中では一番美味しかった!

そしてシーフードスープ。

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大きな鍋でサーブされます。

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エビ、輪切りの魚(鱈かな?)、荒く切られた人参、じゃがいも、玉ねぎなどが煮込まれていて、味・ボリュームともに満足!

もう1泊したかったなぁ、ナザレ。


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ナザレの伝統衣装(ナザレ/ポルトガル)


ナザレの街は伝統衣装が有名です。

既婚の女性は、スカーフで頭を覆い、刺繍入りのエプロンをし、その下に7枚重ねのミニスカートを履いています。

この伝統衣装を身に纏う人の数は少なくなっているようですが、それでも街を歩くと、伝統衣装に身を包んだ老人たちを目にすることができます。

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ナザレのバスターミナルの前にある市場を訪れると、民族衣裳に身を包んだお婆さんたちがたくさんいました。

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訪れたのは冬だったので、ミニスカートの下にタイツを履いています。

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夏はミニスカートの下は素足のようです。

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スカーフの柄も人それぞれ。

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未亡人になると、全身黒ずくめの伝統衣装にするそうです。

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どのお婆さんも、コロッとした体型ですが、背筋がピンとしていて、とても元気そうでした。

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ちなみにポルトガル人女性の平均寿命は82歳で、世界順位は26位と比較的上位。

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温暖な気候と、穏やかな人の気質、新鮮な魚食など、長寿に適した条件を備えている国のようです。


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2016年03月09日

世界遺産「アルコバサ修道院」へ(アルコバサ/ポルトガル)


ナザレ2日目。

この日は、ナザレの街からほど近い世界遺産「アルコバサ修道院」へ向かいました。

ナザレからアルコバサ修道院のある街「アルコバサ」へはバスで20分ほど。

運賃は2.2ユーロ(280円くらい)でした。

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※ナザレ、アルコバサのバス時間は、以下のサイトからチェックできます。
http://www.rodotejo.pt/

「carreiras interurbanas」ってところをクリックして、「Nazaré」と「Alcobaça」を指定すると時刻表が表示されます。バスは1時間に1本程度なので要注意!
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アルコバサ修道院は、1153年に建築が始められ、1222年に完成した修道院です。

↓アルコバサ修道院
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正面ファサードは堂々たるバロック様式。

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ファサードを潜って中に入ると聖堂があり、こちらはゴシック様式です。

↓荘厳な雰囲気の聖堂
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↓入場料は6ユーロ
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非常に簡素な作りですが、これは清貧をモットーにし、彫刻や美術による教示を禁じた、フランスのシトー会の影響を強く受けたものだそうです。

この修道院には、ペドロ1世という王様の棺があります。

↓ペドロ1世の棺
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祭壇を隔ててペドロの棺と向かい合ってあるのが、イネスという女性の棺。

↓イネスの棺
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なんでも、ペドロ1世には不倫による悲恋の物語があるようです。

↓ペドロ1世
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ペドロ1世と結婚した王妃には、侍女として使えた一人の女性がいました。

ペドロ1世は、正妻ではなく、その美しさから「しらさぎの首」とお謳われた、この侍女に夢中になり不倫関係となります。

その女官こそがイネスです。

↓「しらさぎの首」aka イネス
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(髪型w)

この不倫関係に起こったペドロの父アフォンソ王は、家臣3人に命じてイネスを捕らえ殺害してしまいます。

↓父アフォンソ王こと「アフォンソ4世」
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あゝ可哀想なイネス。

↓アフォンソ4世に助命を乞うイネス
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これに激怒した王子ペドロは、父に対して反乱を起こします。

母后のとりなしで父と子は和解しますが、イネスを手にかけた3人の刺客を許せなかったペドロは、この3人を追い詰め、2人を処刑、1人を自殺に追い込みました。

ちなみに正妻の王女コンスタンサは、王子フェルナンドを出産し早世したようです。

そしてペドロ自身は、その後、結婚せずに独身を通したのだとか。

イネスの棺が、ペドロの正面にあるのは、「「最後の審判の後、生き返った時に起き上がると、すぐ互いの顔が見られるように」というペドロ王の願いから」だそうです。

イネスの棺は、キリストの誕生から再来までのレリーフで飾られていました。

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続きはまた明日。


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2016年03月10日

世界遺産「アルコバサ修道院」での修道士の暮らし(アルコバサ/ポルトガル)


世界遺産「アルコバサ修道院」。

この修道院の建設には、ポルトガルの始祖となったポルトガル王アフォンソ・エンリケスの思惑がありました。

ポルトガル王国を打ち立てたアフォンソ・エンリケスでしたが、当時、ローマ教皇は、この新王国の建国を認めていませんでした。

そこでアフォンソは、一計を案じます。

1152年、ローマ教皇からの信頼が厚かったシトー会の修道士にアルコバサの土地を寄進。

翌年から修道院の建設が始まり、ここからアルコバサ修道院の歴史が始まります。

↓王の広間のアズレージョには、修道院創設の歴史が描かれている
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↓ポルトガル王国の基礎を築いたアフォンソ・エンリケス
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この修道院で暮らし始めた修道士たちは、その最先端の農業技術で、戦いで荒廃した土地を肥沃な土地へと変貌させました。

最盛期には、この修道院で1000人ものシトー会の修道士が暮らしていたそうです。

修道士たちの生活の場であったこの修道院には、当時の生活を窺い知ることができる設備を見ることができました。

大きな食堂。

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食堂には奇妙な狭い扉がありました。

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太った修道士はダイエットしなければならなかったようで、そのチェックのための扉なんだとか。

↓この扉を通れなければ食事制限!
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狭い扉の横には、食事中に聖書を朗読したという説教壇が。

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大きな煙突を備えた調理場。

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当時としては画期的な水道設備もありました。

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修道院の運営を話し合う、会議室として使われていた参事会室には、威厳ありげな石像が。

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マヌエル様式で造られた「沈黙の回廊(ドン・ディニスの回廊)」からは、見事な鐘楼を望むことができました。

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ポルトガル王国やレコンキスタ(国土回復運動)の歴史を刻むこの修道院は、1989年に文化遺産として世界遺産登録されました。


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